損害保険4社に行政処分

2024年の行政処分

金融庁は令和5年12月26日、大手損害保険会社4社(あいおいニッセイ同和、損害保険ジャパン、東京海上日動、三井住友海上。以下「各社」という。)に対し、下記のとおり業務改善命令を発出した。

業務改善命令

業務改善命令の内容
 保険業法第132条第1項に基づく命令(業務改善命令)
 
1.業務の健全かつ適切な運営を確保するため、以下を実施すること。
① 今回の処分を踏まえた経営責任の所在の明確化
② 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号。以下「独占禁止法」という。)に抵触すると考えられる事案、同法の趣旨に照らして不適切な行為があった事案について、更なる事案の特定、調査等
③ 共同保険を含む企業保険分野における適正な競争実施のための環境整備に向けた方策の検討、実施
④ 適正な営業推進態勢及び保険引受管理態勢の確立(独占禁止法等の法令の趣旨に照らし、不適切な行為のインセンティブとならない営業目標の策定やリスクに応じ適正な保険料を提示できる営業活動を実現するための方策の策定を含む)
⑤ 独占禁止法等を遵守するための適切な法令等遵守態勢の確立(営業担当者をはじめとする社内関係者及び代理店に対する十分な教育や適切な監督態勢の構築を含む)
⑥ コンプライアンス・顧客保護を重視する健全な組織風土の醸成(独占禁止法等の重要な法令遵守よりも自社の都合を優先する企業文化の是正策を含む)
⑦ 上記を着実に実行し、定着を図るための経営管理(ガバナンス)態勢の抜本的な強化
 
2.上記1.(②を除く)に係る業務の改善計画を、それぞれの事項について具体的な方策を立て、可能なものには数値目標を設定した上で、令和6年2月29日(木)までに提出し、ただちに実行すること。2月29日(木)の提出に先んじて、中間的な検討状況を1月31日(水)までに報告すること。当該計画の実施完了までの間、3か月毎の進捗及び改善状況を翌月15日までに報告すること(初回報告基準日を令和6年5月末とする)。
 
3.上記1.②の調査結果等について、令和6年2月29日(木)までに報告すること。
 
 

処分の内容

保険業法第128条第1項に基づく各社からの報告の結果、以下の独占禁止法に抵触すると考えられる行為及び同法の趣旨に照らして不適切な行為(以下「不適切行為等」という。)並びにその背景にある態勢上の問題が認められた。
 
1.独占禁止法に抵触すると考えられる行為及び同法の趣旨に照らして不適切な行為
(1)各社からの報告によれば、別紙のとおり、少なくとも1社の保険会社において不適切行為等があるとされた保険契約者が576先あった(令和5年12月26日時点。1社から報告458先、2社以上から報告118先。今後、上記Ⅰ.1.②の追加調査において精査予定)。主には以下のような類型が認められた。
 
① 幹事社・シェア等の契約条件について現状維持をしたいと考え、保険料等を調整したもの
② 他社から保険料調整等の打診があり、応じたもの
③ より有利な条件(保険料等)で契約をするために(不利とならない場合を含む)、他社と調整をしたもの
④ 他社水準と大きく乖離した条件を提示することで、他契約(保険契約者や代理店が当該契約と同一)への悪影響を懸念し、他社の保険料等を確認した上で、契約条件を提示したもの
⑤ 代理店から保険料調整等の打診があり、応じたもの
 
(2)こうした不適切行為等は、特定の部署で発生又は特定の担当者が実行したのではなく、社内の企業営業部門を中心に広く認められたところ、それらは以下の要因によるものと考えられる。
 
① 損害保険業界を取り巻く環境変化や独占禁止法遵守に向けた取組みの変化
 1998年の損害保険料率算出団体に関する法律(昭和23年法律第193号)の改正を皮切りに、保険料率の自由化が進められ、損害保険業界においては、保険料の引き下げによる販売競争が行われる環境が整えられた。
 また、損害保険業界では、1994年10月の公正取引委員会から日本損害保険協会に対する警告(自動車保険の修理工賃をめぐるカルテル疑惑)、1996年12月の公正取引委員会から日本機械保険連盟に対する排除勧告など、独占禁止法をめぐる問題が顕在化したことから、現在の大手損保3グループになる合併前の各社では、同法を遵守するため、独占禁止法遵守に特化した組織の組成や、ガイドライン作成、研修の実施などの各種の取組みを進めてきた。
 しかし、時間の経過とともに、2005年に発生した保険金支払漏れの問題への対応や、2016年の改正保険業法の施行等により、独占禁止法遵守に特化していた組織がコンプライアンス部門に組み込まれる形で改組されたり、独占禁止法に関する研修内容が遵守すべき関係法令の中に包含され独占禁止法に特化した記載が削除されるなど、各社では独占禁止法遵守に係る取組みが相対的に縮小又は廃止された。
 
 2000年代以降には、損害保険会社の合併により大手社の数が減少し、限られた営業担当者同士がコミュニケーションを取る機会が増加した。
 
 2010年代後半からは、自然災害の頻発・激甚化等により、損害保険業界全体として、火災保険の大幅な赤字が常態化した。そのため、損害保険大手各社は、トップライン(保険料収入)からボトムライン(利益)重視に舵を切る又はボトムラインを向上させる取組みをより強化した。これにより、保険契約の更改にあたって、特に保険料の値上げや補償内容の縮小など、保険契約者と利害が対立しやすい交渉が行われる機会が増加してきたと考えられる。
 更に、企業向け保険契約においては、新規契約の割合が小さく、総じて減少傾向にあり、更改契約での脱落やシェアダウンを新規契約獲得で挽回しにくい状況にあり、営業担当者にとって、更改契約を落とせないというプレッシャーが年々強まっていく状況にあったと考えられる。
 
 こうした環境変化は、特に共同保険の引受けにあたって、引受保険会社の担当者間で、保険料等を事前に調整し保険契約者等との交渉に係る負担軽減を図る動機の形成を招いたものと考えられる。
 実際に、別紙3ページのとおり、不適切行為等が開始された時期を見ると、2017~2020年に件数が増加し、2021年に一旦減少したあと、概ね横ばいになっている。
 
② 企業向け営業担当者を取り巻く環境
(ア)保険契約者(顧客企業)との関係性
 自由化の進展と企業側のコスト意識の高まりを受け、特に企業火災については保険料水準が2017年頃まで下げ基調が続いた後、2018年頃から自然災害の頻発・激甚化を契機とした損害率悪化に伴い、料率の引上げが必要となった一方、保険料の引き下げを求める保険契約者との関係上、実態的に保険料の引き上げが困難となる中、保険料の値崩れを防いで一定の価格水準を確保したいという損害保険会社各社共通の意向が形成された場合もあったと考えられる。
 企業向け保険契約の入札等においては、政策株式保有割合や本業への支援など、保険契約の条件以外の要素が少なからずシェアに影響を及ぼす場合があり、営業担当者にとっては、シェア獲得・拡大に向けた適正な競争に対する意欲が損なわれた可能性がある。
 また、大口契約になるほど、保険契約者側が保険料等に関する支配力を持つケースが少なくなく、営業担当者としては、競争入札で他社の提示条件から大きく乖離する劣位な条件を提示することによって、保険契約者からの評価を落とし、他の種目に悪影響が及ぶ事態を回避したいという心理が働く場合がある。
 こうした顧客企業との関係性は、基本的に幹事社の保険料を基準として組成される共同保険において、損害保険会社の営業担当者間で情報交換を行い、競争を避け、保険料水準・シェアを維持したいという動機の要因になった可能性がある。
 
(イ)代理店との関係性
 損害保険会社から代理店に対して独占禁止法に関する十分な教育やルールの明示ができていなかったこともあり、一部の代理店においてはその知識が不足しており、代理店主導による不適切行為等も発生した。
 また、代理店が、顧客企業グループに属する企業代理店である場合、顧客企業の入札や見積り合わせを代理店が実質的にコントロールするケースにおいて、企業代理店から保険条件等に関する要請を受けた際、当該要請が、実際には顧客企業の意向か否か明らかではないのに、顧客企業の意向であると損害保険会社の営業担当者が認識する場合があった。また、代理店を介した情報交換において、顧客企業グループに属する企業代理店が関与することにより、保険会社だけでのやりとりではなくなるため、独占禁止法違反又は不適切な行為であるという認識が希薄となる場合もあった。
 
(ウ)他の損害保険会社との関係性
 共同保険の引受けにあたっては、保険契約者からの要請に基づき、他の損害保険会社とのリスク調査の共同実施、引受情報の提供・入手を行うことがある。また、契約後の事務的なやり取りも実務上必須となっている。
 加えて、保険契約者や代理店が主催し、取引のある損害保険会社が一堂に会する懇親会等が開催されることもあり、その対応について損害保険会社同士で打合せを行う機会がある。更に、企業代理店の多くが乗合代理店であることから、各損害保険会社合同での会議や勉強会等を通じて他の損害保険会社との接点が生じる。
 このように、営業担当者が他の損害保険会社と接触する機会が多いという損害保険業界の特性も、不適切行為等を発生させた要因の一つと考えられる。
 
(3)各社の調査の結果、同じ契約者の複数の保険始期の保険契約に対して継続して不適切行為等が認められたケースが散見されたことに加え、前任者からの引継ぎに基づくものも41%あったことから(別紙4ページ参照)、反復・継続して行われていたと認められる。
 
(4)不適切行為等のうち33%は違法又は不適切と認識しながら行われており、また、67%は担当者が不適切という認識がないか、問題ないと認識していた(別紙5ページ参照)。
 これらは、営業担当者において独占禁止法等に抵触する行為若しくは法令の趣旨に照らして不適切な行為を行うリスク(以下「独占禁止法等抵触等リスク」という。)に対する理解が不十分であった、又はコンプライアンス意識や顧客本位等の観点が著しく欠けていたものと認められる。
 
(5)不適切行為等のうち、営業担当者の上司である課長からの指示に基づき行われたものが2%あったほか、担当者が行った不適切行為等について、課長が当該行為を認識していたものが35%、課長に加え部長も当該行為を認識していたものが6%あった。加えて、管理者である課長自身も不適切行為等に及んでいたケースが4%あった(別紙6ページ参照)。このように、営業担当者のみならず、上司も不適切行為等を黙認あるいは誘発する環境を作っていたと認められる。
 
(6)各社からの報告を突合したところ、ある社から独占禁止法に抵触すると考えられる行為として報告のあった事案について、当該行為に関与した他の社から報告がない場合があり、報告事案の網羅性に懸念があるため、不適切行為等に係る追加的調査が必要と考えられる。
 
2.態勢上の問題
(1)経営管理(ガバナンス)態勢の機能発揮
 経営陣は、不適切行為等の発生を防止することの必要性の認識が不十分であった。
 具体的には、独占禁止法の趣旨を十分に踏まえ、適切に共同保険等の実務を遂行するためには、営業担当者がコンプライアンス意識を持つだけでは不十分であり、個々の局面に応じた具体的なルールが必要となるが、これまで策定されていなかった。経営陣は、具体的なルール策定の必要性や、契約締結前において他社との接触可能性が高い共同保険の性質を踏まえた独占禁止法等抵触等リスクについての認識が不十分であった。
 監査役監査においても、独占禁止法遵守に関する事項について、監査の中で個別に確認しておらず、独占禁止法に違反する行為がある事実を認識できていなかった。
 加えて、コンプライアンス・リスク上の重大な問題事象は、ビジネスモデル・経営戦略と表裏一体のものとして生じることが少なくなく、コンプライアンス・リスクは、基本的にこれらに内在するものであることを認識する必要がある。経営陣において、ビジネスモデル・経営戦略を検討する際には、コンプライアンス・リスクを含むリスクについて幅広く検討し、前広に考慮していく必要がある(注)。本件においては、上記1.(2)①で述べた更改契約を落とせないプレッシャーや、上記1.(2)②(ア)で述べた保険契約者(顧客企業)との関係性がある中で、企業向け火災保険の大幅な赤字を受けてボトムライン改善に向けた取組みにどのようなリスクがあるか、経営陣においては十分に検討することが必要であったと考えられるものの、こうした検討を行っていなかったことが、営業担当者が不適切行為等を行わざるを得なかった環境を作ってしまったものと考えられる。
 
(注)コンプライアンス・リスク管理基本方針(2018年10月)
 
(2)3線管理態勢の整備・確立
 各社では、独占禁止法等抵触等リスクについて意識・理解の浸透が図られていなかったことから、営業部門(第1線)、コンプライアンス部門・リスク管理部門(第2線)、内部監査部門(第3線)の各層において、以下のとおり、独占禁止法を遵守するための態勢整備が不十分であり、不適切行為等の発生を看過してしまう業務運営態勢であることが認められる。
 
① 営業部門(第1線)
 営業担当者が、独占禁止法の趣旨を十分に踏まえ、適切に共同保険等の実務を遂行するためには、個々の局面に応じた具体的なルールが必要となるものの、これまで策定されていない。このため、競合他社との接触に関する明確なルールがない中で、各社の営業担当者が特段の抵抗なく他社の営業担当者と接触したケースが多く認められた。
 また、営業担当者は、代理店を介して、保険料算出に必要な情報を入手することが多い。その際、どのような情報を、どのタイミングで、誰から入手すれば独占禁止法に抵触しないのか等の理解が不十分であり、情報入手に関するルールも確立されていない。
 更に、共同保険の契約締結前において他社との接触可能性が高いことを踏まえれば、独占禁止法等抵触等リスクについての高度な理解が求められる。このため、独占禁止法に特化した社内研修が、各階層別に実施される必要があるものの、これまで、そのような研修は十分に行われていなかった。
 
② コンプライアンス部門・リスク管理部門(第2線)
 リスク評価において、独占禁止法等抵触等リスクについて、重要性の基準が不明確であったため、営業部門でも明確なリスク認識がなく、コンプライアンス部門への不適切行為等に関する報告はほとんどなかった(別紙7ページ参照)ことに加え、報告があったケースにおいてもコンプライアンス部門又はリスク管理部門において適切に評価ができておらず、当該リスクに対する十分な認識がなく、適切な対応が取られなかった。
 加えて、役職員等に対する周知・啓発についても、独占禁止法以外を含む一般的な法令遵守に向けた対策にとどまるか、独占禁止法に注目していたとしても、一般的な注意喚起しか行っておらず、営業部門の実務を想定した具体的な事例に即した対策が講じられていなかった。
 また、各社においては、内部通報制度等を設けている。これまで、独占禁止法違反に関するこうした通報制度への通報・相談は皆無又は僅少であった一方、今回各社において行われたアンケート調査では、他の営業担当者の不適切行為等についての回答が多数寄せられた。このことから、役職員の独占禁止法に関する法令遵守意識が希薄であったり、独占禁止法に関する正しい理解が不十分であったために、内部通報制度等が十分にその機能を発揮できていなかった実態が認められる。
 
③ 内部監査部門(第3線)
 内部監査部門は、本来、営業部門やコンプライアンス部門・リスク管理部門から独立した立場で、コンプライアンス・リスクに関する管理態勢について検証し、管理態勢の構築やその運用に不備があれば、経営陣に対し指摘して是正を求めること等が求められる。不適切行為等が発生していれば、そうした行為の発生リスクについて指摘をすべきであったところ、独占禁止法等抵触等リスクに着目した監査を実施しておらず、これまで不適切行為等を発見できなかった。
 
(3)代理店に対する対応
 代理店を介して、又は代理店の主導により、明示又は暗黙の合意形成がなされた場合は、保険会社間の直接のやりとりがなかったとしても、独占禁止法に抵触するおそれがある。
 そのため、各社においては、自社の営業担当者だけでなく、代理店に対する十分な教育を行うとともに、適切に監督すべきであったが、そうした対応ができておらず、代理店主導又は代理店が関与した不適切行為等が発生した一因になったものと認められる。
 こうした状態から、各社が代理店を適切に教育・監督すべきであったにも関わらず、適切な監督態勢が構築できていなかったことが認められる。
 
(4)当庁が考える真因及び今後の対応の必要性
 当庁としては、これらの問題の真因は、以下のとおりであると考えている。
 
① 企業保険分野においては、次の要因があり、独占禁止法等抵触等リスクが発現しやすい環境であったことに加え、こうした環境を踏まえた対応を経営陣が十分に検討しなかったこと
・損害保険会社の数が限られているため、他の損害保険会社との接触機会が多く、連絡を取るのが容易
・政策株式保有割合や本業への支援など、保険契約の条件以外の要素が少なからず影響する顧客企業との関係
・顧客企業グループに属する企業代理店の不明確な位置付け
・基本的に幹事社の保険料を基準として組成される共同保険のビジネス慣行
② 営業部門が、更改契約のシェアや幹事社の維持を求められたことで、リスクに応じた適正な保険料を提示することが困難になる中、ボトムラインの改善(保険料の値上げや補償内容の縮小等)も求められたため、不適切行為等を行う必要性が高まったこと
③ 営業担当者をはじめとする社内関係者及び代理店に対し、独占禁止法等に関する十分な教育・監督を行ってこなかったリスク認識の甘さ
④ 違法又は不適切と認識しながらも、自社の都合を優先し不適切行為等に及んだ営業部門、それらを認識できなかったコンプライアンス部門及びリスク管理部門、内部監査部門の下で醸成された、コンプライアンス・顧客保護を軽視する企業文化
 
 上記を踏まえると、各社の自主的な取組みに委ねるだけでは抜本的な解決にならない可能性があり、各社の確実な業務改善計画の実施及び定着を図っていくためには当局の関与が必要と判断し、業務改善命令を発出した。
 
 
お問い合わせ先

金融庁 監督局 保険課 Tel:03-3506-6000(代表)(内線 3859、2657)

コメント